家庭教師ファースト教育コラム子育てのヒント

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子供の成長につながる「正しい叱り方」とは?【保護者向け】

  • 子育てのヒント
  • 2023.10.05
  • 現役家庭教師ライター K.M

子どもを育てるということは並大抵のことではありません。

多くの先人達がやってきたことであり、今も多くの人がこれに励んでいますが、どれだけ時代を経ても皆が四苦八苦することの一つがこの子育てというものでしょう。中でも子どもを叱るということは非常にさじ加減が難しく、優しくしすぎれば甘やかしになり、厳しくしすぎれば子どもは抑圧されてしまいます。今回はそんな叱り方について、正しい叱り方に焦点を当ててみていきましょう。

正しい叱り方とは

正しい叱り方とは?

正しい叱り方を決めることは、実は非常に難しいことです。一般的な目線で考えると、「子どもというものは実に個人差が大きく、正しい叱り方なんて人それぞれ」というような結論に至ってしまいがちです。

しかし、それではこの記事を書く意味もありませんし、そもそも「人それぞれ」に任せていたらどんな議論も発展しません。

ここでは子育ての目標・目的を設定し、そこに導くための叱り方を正しい叱り方と定義することにしましょう。

ちなみに、目標と目的の違いを説明しておくと、目標は読んで字のごとく目当てにする標(しるべ)のことです。それに対して目的は目当てとする的(まと)のことであり、最終的に行き着くゴールのことを言います。

目標は目の前にあり、常にあなたの進路を導いてくれますが、目的はそうはしてくれません。例えば、いつもテストで50点の人が、次のテストで100点を取るという目的を掲げても、この人は目的を達成することは恐らくありません。

この人が100点という目的に到達するためにまず目指すべきなのは、まずは5点点数を上げるという目標です。これを達成してから次に10点、15点と目標を通過していき、最終的に目的に到達します。

もっと言えば、砂漠の例えがわかりやすいでしょう。

砂漠がなぜ怖いのかと言えば、それは人がまっすぐ歩けない動物だからです。人はそれぞれに癖をもっており、右足と左足にかける力がわずかでもずれれば、一見してまっすぐ歩いているようでも長い目で見て大きく曲がって進んでしまいます。

自分はまっすぐ進んでいるつもりでも、大きく円を描いて同じ場所をぐるぐると回っているだけになる可能性が高いのです。

砂漠から抜け出すには、見える位置に目標を設定し、その目標から次の目標へとたどっていくことです。そのことを知らずに「自分はまっすぐ進んでいる」と思い込むことほど危険なことはありません。

子育てにおける目的

これも「人それぞれ」に任せてしまうと非常に危ういものなので、教育の理想に基づいた目的をあえて設定します。

教育と言えば教育基本法ですが、その第1条にはこう書かれています。

「教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に満ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」

これでは何とも堅苦しいので、個人の目線に寄せてざっくりと解釈してみると子育ての目的というのは「社会に参加し、平和を維持し、その中で健康・健全に生きられる人を育てる」ということになります。

話がややこしくならないように、「子どもに苦労させたくない」とか「(自分だけが)幸せに生きてほしい」というような親のエゴは考えないでおきましょう。

結局、苦労をすることや他者の幸福を考えることを通して、人は幸せに生きるということを学んでいくものですので、自己中心的に生きても長い目でみて得をすることはありません。

個人的な意見に聞こえるかもしれませんが、自分が幸せでも他人が不幸であれば、社会という場には解決すべき問題が山積みになり、自分のことも満足にできなくなってしまうでしょう。

子育てにおける目標

「社会に参加し、平和を維持し、その中で健康・健全に生きられる人を育てる」という目的が設定されると、そこにたどり着くまでに設定すべき目標が決まってきます。

まず、子どもが心身ともに健康でなければいけません。そして、社会に参加するためのあらゆる素養も必要となります。

その素養には実に様々なものが含まれます。他人との意思疎通を円滑に行うためのコミュニケーション能力、問題に直面した際に、適切な解決策を見つけための問題解決能力、集団内で協力して目的を達成するための協調性(チームワーク)、自分自身の時間、感情、行動等を適切にコントロールするための自己管理能力、論理的思考や分析、総合的な判断をするための認知能力などの基本的な能力がまず挙げられます。

このほかにも、自分の目標に対する内発的な動機づけであるモチベーション環境や状況の変化に適応するための柔軟性、他人と効果的に関わるためのスキル、エンパシーや傾聴能力も含む対人スキル、リスクを評価し、それに対処する力であるリスク管理能力、新しいアイデアや解決策を生み出すためのクリエイティビティなど、実に様々ものがあります。

子育ての目標は、それらの能力を得るために設定されます。そうすることで初めて、子どもの正しい叱り方が正しさを得ることになります。

子どもの叱り方

子どもの叱り方

叱るべき方法とタイミング

子育てにおいて叱り方は非常に重要な意味を持ちます。大なり小なり、子どもは通常生まれた時から社会集団の中にいます。多くの場合、その集団は家族という集団です。

ですが、子どもは当然、何のルールも持たずに生まれてきます。タブラ・ラサ(白紙状態)という言葉が子どもの未教育の状態を示す言葉としてよく用いられますが、そんな子どもが何の教育もなく生きていくには社会はとても危険です。

何も知らずに外に出てしまえば、車にはねられるかもしれません。危険なものを触ったり、毒物を食べてしまうことだって考えられます。悪意ある人に騙されることもあるでしょう。

そんな子どもには教育が必要となりますが、その一環として子どもをたしなめるために叱ることが必要なことも少なくありません。

そこで、子どもを叱る際に知っておくべき3つの基本的なルールから紹介していきます。「叱り方」で検索すれば、子どもの叱り方と題して「子どもを肯定する」とか「人格を否定しない」などと様々見ることができますが、それらすべてを意識することは難しいですし、それの捉え方も人によってまちまちになってしまいます。

ですので、まずはこの基本ルールをしっかりと身に付けましょう。

① 即時性

認知発達理論に基づく考え

子どもは特に若い年齢では、因果関係時間の流れに対する認識が完全には成熟していないと考えられています。

ジャン・ピアジェによる認知発達理論によれば、子どもは成長とともに抽象的な思考が可能になりますが、それは一定の年齢に達するまで時間がかかる場合が多いです。

子どもはそのような一定の年齢に達するまでの段階をいくつも持っていて、それらは発達段階と呼ばれます。その中でもプレオペラショナル(前操作)段階(約2歳から7歳)では、子どもは事象が直接連動していると認識する傾向があります。

発達段階において目安とされる年齢はあくまでも目安であり、子どもによってまちまちです。中学生になってもそのような認識が発達途中である子もいます。ですから、子どもを叱る際には、できる限り問題行動が起こった直後に叱ることが効果的です。

そうでなくとも、具体的になぜ叱られているのかを叱られている子が認識するには、時間が経過してしまわない方が認識はしやすいでしょう。人間は心理的に、自分の都合の良い記憶の改ざんをすることも知られていますから。これは何も子どもだけに限ったことではありませんが…

オペラント条件付けの理論に基づく考え

問題行動が起こった直後に叱ることの意味は問題の認識に関わることだけではありません。確かに、問題行動の直後に叱ることはその行動が不適切であるというメッセージをはっきりと子どもに伝えることができるため、叱られる方にとっては認識しやすいです。

しかし、問題行動の直後に叱ることにはもう一つ非常に重要な意味があります。それは行動の強化です。

B.F.スキナーオペラント条件付けの理論によれば、報酬が行動に直後に続くことで、その行動が強化正の強化)または減弱負の強化)される可能性が高くなります。

つまり、行動と報酬もしくは行動と罰がセットとして認識されることによって、子どもの行動の動機付けとなります。行動に罰が伴えば、子どもはそれをしなくなると言えばわかりやすいでしょう。

特に若い子どもは、即時の報酬や罰に対する反応が大きいとされています。そのため、問題行動をすぐに修正する方が効果的です。

総じて、子どもの発達段階と認知能力を考慮すると、問題行動が発生した直後に適切な対応をすることが、その行動を修正し、よい行動を強化する上で最も効果的です。

学習という視点

オペラント条件付けのような話をすると、中には「人を動物のように報酬や罰でコントロールするのはよくないのではないか」と考える人もいるかもしれません。

しかし、オペラント条件付けのような考え方は、実は人間の学習においては基本的な考え方であり、非常に重要な観点です。

例えば子どもを甘やかすということについて考えてみましょう。

「甘やかす」という言葉はわかりやすいようで実は具体性がありません。いったい何をどうすれば甘やかしたことになるのか…その因果関係がわからなければ甘やかしというのはなくなりません。

 甘やかしの正体を見てみると、それは例えばおもちゃが欲しいと言って暴れる子どもにおもちゃを買い与えて黙らせることです。

これがなぜいけないのかというと、子どもが「暴れれば親は言うことを聞く」ということを学習するからです。一度このことを学習した子どもは、他の場面にもこの学習を応用してきます。

例えば、「勉強をしなさい」と言ってきた親に対して、その子供は「親は暴れればこちらの要求を聞き入れる」ことを知っていますから、今度はそのような場面でも暴れるという選択を取る可能性があります。

甘やかしの怖いところはこれです。

さらに、そんな子どもに対して親は「勉強をしないこと」と「暴れること」の関連性が見えづらく、自分の甘やかしが原因でそのような事態が起こっていることにも気づきにくくなります。

ですから子どもは、というより人間というものは報酬と罰とで学習をすることを前提として考えるべきなのです。

当然、親も子どもの反応に対して一喜一憂するわけですから、暴れる子どもに対して自分がどのように接するべきかその方略を学習していきます。小心者の親であれば、子どもが少しでも自分たちに暴力的ではないような叱り方を選ぶでしょう。なぜなら、その親にとっては子どもの怒りが少ないということが報酬となるからです。

そうして親の甘やかしは学習され強化されていくのです。親も自分たちを甘やかすということです。ですから、叱り方も大切ですが自分のあり方も同様に大切だということを忘れてはいけません。

② 具体性

叱る際は、何が問題であるのか具体的に説明することが重要です。この指針は、いくつかの心理学的な理論や教育学の実践に基づいています。

オペラント条件付け

先ほど登場したオペラント条件付けは、行動とそれに続く結果(報酬または罰)との関連性に焦点を当てています。具体的に問題が何であるかを明示することで、子どもはその行動と結果との因果関係をより明瞭に理解できます。

言い換えれば、行動と報酬または罰がセットとして認識されなければ、子どもは叱るという行動から何も学習もしないということになります。

勉強が多くの子どもに嫌われるのは、苦労して行った勉強の成果が報酬と結びつかないからであると考えられます。多くの場合、勉強という行動は「うまくいかない」というフラストレーションという罰とセットとして子どもに認識されやすく、したがって勉強という行動から離れる(つまり、負の強化がされる)のです。

認知発達とメタ認知

先ほど登場したジャン・ピアジェの認知発達理論や、後のメタ認知の研究では、自己認識問題解決能力の発達が重視されています。

叱られる際に具体的な説明が与えられると、子ども自身が自分の行動を評価し、将来的にはより良い判断ができるようになります。

子どもが叱られるとき、多くの場合、その理由は大人主体の目線になってしまうことが多いです。例えば、「車がいないのに赤信号で立ち止まる」というのは、大人であれば当然のことですが、その脈絡を知らない子どもにとっては非常に理解しがたいものでしょう。

先ほども言いましたが、子どもは時間的に離れて起こった事柄の因果関係を結び付けて考えることが発達段階的にできづらい場合があります。だから親としては複雑な説明をして子どもに分からせるよりも、頭ごなしに禁止をしてしまいがちになります。その方が手っ取り早いですから。

しかし、子どもの学習にとってそれは実は逆効果で、ともすれば中身のないルールを遵守する頭の固い人間を育てることになってしまいかねません。

③ 厳格だが愛情をもつ

厳格だが愛情を持つ

叱ることと愛情は相反するものではありません。叱るときには愛情をもって叱ることが必要になります。

「厳格だが愛情をもって叱る」というアプローチは、しばしば「威厳のある親(Authoritative Parenting)」というスタイルと関連づけられます。これは、子どもに対する高い期待と高い愛情とサポートのバランスに焦点を当てたものです。

威厳のある親は、子どもに対して高い期待を持ちつつ、同時に高い愛情とサポートを提供する親のスタイルで、心理学者であるダイアナ・バウムリンドによって初めて研究され、彼女の著作や研究によって広く知られています。

このスタイルの主な特徴は以下の通りです。

1.明確なガイダンスとルール

威厳のある親は、明確なガイダンスルールを設けますが、その背後にある理由もしっかりと説明します。

逆になんでもルールありきでこじつけると、理不尽さばかりが目立ってしまい子どもにとって威厳のある親として見られなくなってしまいます。

2.高い期待値

威厳のある親は、子どもに対する期待が高く、成長自立を促す環境を作ります。そこには多大な労力資源が費やされます。

資源といってもお金などばかりでなく、自分の持ちうる人脈や時間のことも意味します。

よくある威厳のない親の在り方としては、期待値ばかり高いくせに自分の労力を資源を投入しないというパターンです。

具体的には高いお金を払って塾などには通わせるけれど、自分ではなにもせず、結果ばかり求めるような在り方などが典型的です。

3.対話と議論

威厳のある親は、子どもが意見や疑問を持ったときには対話議論を通して共に考えます。

共に考え解決へと導いてくれる親は子どもにとっては信頼に値する頼りがいのある大人に映り、そこに威厳が生まれます。

対話を避け、自分を助けてくれないような親に子どもは威厳を感じることはないでしょう。

4.愛情とサポート

子どもが失敗したときや困っているときには、愛情をもってサポートします。これは簡単なようで実は非常に難しいことです。

問題を抱える子どもに対して愛情をもってサポートをするということは、問題の解決策を与えるだけではなく、子どもの心のケアを行ったり、子どもに寄り添い安心感を感じさせたりするような助力を行うということです。

子どもが安心感を得られるような安定感は、自分が不安定になっていたら出すことはできません。威厳のある親には自己管理も必要とされます。

育児の手法としての威厳のある親

威厳のある親と言っても先述の通り何もしなくても親に威厳が帯びることはありません。そこには一貫性が必要でありそれは育児の手法として認識されるべきものです。

例えば威厳のある親は報酬と罰をうまく使いこなすことができます。一般的な表現で言えば「アメと鞭」です。望ましい行動には報酬が与え、望ましくない行動には罰を与え、子どもに学習をさせるという点で、そのどれもが教育的な意味合いを持っています。

またわが子の将来を思ってという建前から子どものことをなんでも決めてしまう親もあるあるなんですが自立の促進も非常に重要です。威厳のある親は子どもが自らの選択をする機会を与え、その結果に責任を持たせます。

なんでも親が決めてしまうと子どもにとっては威厳のある親に映ることはなくなってしまいます。子どもは単なる恐怖の対象としてその親を見るようになり、表面上では言うことを聞き、見ていないところでは不自由の憂さを晴らすようなことにもなりかねません。

以上のように、厳格だが愛情のある接し方は子育てにおいて不可欠なものです。したがって、当然叱り方もそのような一貫性の基づいていなくてはならないのです。

ちなみに、威厳のある親から育てられた子どもは、学業成績が良い、社会的スキルが高い、自尊心が高い、といった多くの良い結果が報告されています。

以上のことから言えるのは、叱り方が良ければ子どもが社会で自立するのに必要な素養が良く育ち、逆に問題行動を野放しにしておけば子どもは怠惰になっていったり、逃避しがちになったりしてしまうということでしょう。

つまり叱ることとは、子どもの素養を育てる上での舵取りのようなものです。目指す目的に到達するために、この舵取りは非常に慎重にかつ大胆に行われなければなりません。

叱ることの必要性と代替手段

叱ることの必要性と代替手段

叱ることの必要性

前章では叱り方の基本として「即時性」、「具体性」、「厳格だが愛情がある」ということを挙げてきました。

しかし、そもそもなぜ叱ることは必要なのでしょうか。また、叱ることが必要ないどころか逆に効果がない場合はあるのでしょうか。本章ではそこに焦点を当ててみていきましょう。

行動の修正のための叱咤

前章では舵取りという言葉で例えましたが、そもそも叱ることの目的は行動の修正です。危険な行動や社会的に受け入れられない行動を修正することが叱ることの効果でもあります。

子育ての目的という目線に立てば、親は子どもを叱ることによって子どもの規範意識を育て、 社会的なルール規範を理解する基盤を築くという役目を持っています。

したがって、行動の修正は目的ありきの行為ということになるのですが、時として叱ることは別の行動を強化することにつながりかねません。

例えば行き過ぎた叱咤は時として子どもにとって大きなトラウマ(心の傷)となり、そのような場合に子どもは行動の修正をすることよりも𠮟咤から逃れることに主眼を置いて行動をするようになります。

くどくどと「勉強をしなさい」と叱られた子どもが勉強をするように行動を修正しないことは例えとしてわかりやすいかと思います。

そんな子どもは叱られたくないので親がやってきたときにだけ机に向かって勉強をしたふりをし、親が去った途端に隠していたスマホを取り出したり、ゲームを始めたりするというような行動をとります。

この子どもは自身の行動を修正する代わりに、親の叱咤を回避するための新たな行動を学習したことになります。その子の親はゆくゆくテストがやってきたときに子どもの成績の悪さに衝撃を受け、思い悩むようになります。

「勉強しているのに、成果が出ない」

こうして間違った認識が出来上がってしまえば、普段の行動や叱咤は的外れのものとなっていってしまいます。

子どもは行きたくもない塾に通わされたり、スマホの使用やゲームの使用に制限をかけられ、その制限をいかに破ろうかと画策する子どもと制限に目を光らせる親との不毛なイタチごっこが始まったりするわけです。

このように、一歩叱り方を間違えるだけで大変不毛なループに陥ってしまいますから、叱り方というのはとても重要であり、慎重にその方法を検討するべきなのです。

叱ることの代替手段

先ほど述べたように、叱ることが別の良くない行動を誘発することが考えられる場合には代替手段を用いるのが効果的です。

代替手段には大きく二つあります。以下より説明していきます。

正の強化

正の強化は、該当の行動の頻度報酬により増すことを言います。つまり、報酬を用いて良い行動を促すというやり方です。

叱ることがどうしても逆効果になってしまうようなことは、先の例からもわかる通り起こりうることです。そのようなときにまず考えてほしいのがこの方法です。

とはいえ、これも一歩間違えば甘やかしになってしまうので、最初に行った叱り方の基本に基づいて行ってください。

勉強をしない子どもには、例えば成績が上がったらご褒美をあげるということが考えられますが、その際ゲームやスマホなどの依存性の高いものは新たな問題の原因となってしまいます。物などの形として残るものもよいですが、旅行やコンサートなどのイベントに行くなどの経験をプレゼントするのもよいでしょう。

子どもの意図にあえて乗らない

注意を引きたいだけの場合にも叱ることが逆効果になりやすいです。子どもが行う親の注意をひくための行動には、あえてスルーすることが効果的な場合もあります。

ただし、そうは言っても子どもの意図に乗らないというのがその目的であり、子どももの存在をおざなりにしてしまうわけにはいきません。

したがって、この行動には注意が必要です。

以下、あえて意図に乗らないという行動をとるうえで知るべき子どもの行動をいくつか取り上げていきます。

親にとっては頭の痛いことですが、子どもが親の注意を引くためにとる行動は、その年齢、発達段階、そして個々の性格によって大きく異なります。したがって、一様にどの段階の子どもにも同じように行動することが望ましくない場合が多いです。

以下に具体例とその意図についていくつか説明します。意図を知れば、それがあえてスルーするべき行動であるのかどうかおのずと答えが見えてくるはずです。

乳幼児期

乳幼児期の子どもの問題行動の典型として真っ先に挙げられるのが泣くことです。

泣くことを問題として捉える親はそもそも子育ての学びが足りないと言わざるを得ませんが、特に乳幼児期の子どもが泣くのは、泣くことが最も基本的なコミュニケーション手段であり、何らかの不快な状態(おむつが濡れている、空腹、眠いなど)から解放されたいという意図があるからです。

特に親を悩ませるのが夜泣きですが、夜泣きも同様に理由があって泣いているので、苛立つような時もあるかもしれませんが叱りつけたりするのは逆効果になってしまいます。

このような時には子どもをあやすこと、そして次に子どもの要求にこたえることが必要です。こればかりは避けることができません。

無視をしてしまったら、状況は悪化するどころか重要なサインを見過ごしかねません。何かの異常があって泣くような場合には病院へ連れていく必要があることもあるので、普段から冷静に子どもの泣くという行動を観察したいものです。

幼児期

子どもは幼児期には話すことを覚えるのでこの時期の問題行動には名前を呼ぶことや質問を連発することなどがついついしかしたくなる行動として挙げられます。

子どもが名前を連行するのは、親の注意を集中的に得たい場合などがあります。また、質問を連発してくることには知識欲確認欲求を満たしたいという意図があります。

このような行動に対して親が叱ってしまうと、子どもの行動が抑圧され、逆に様々な問題行動につながっていってしまいます。

子どもの要求は非常にシンプルですので、理解に努め、できる限り対応するように心がけることが将来的に叱ることがうまく機能するために重要です。

他には家庭内でも友達との間でも物を投げる/叩くなどの過激な行動には注意が必要です。この行動は、自分の他の行動が制限された不満や、単に親の反応を見たいという好奇心から起こることがあります。

このようなケースでは、単に注意を引こうとするものは無視すればよいです。何かものを壊した場合には、即時叱るようにしましょう。無視をすると「許容されている」と誤解されることがあります。

また、ものを投げたり叩いたりすることで他人に危害が及ぶような時には、即時叱るようにしましょう。ただ、このような行動な自分の行動が制限されたりするなどの不満からきていることが考えられるので、叱った後に「~してはダメ」などと禁止をしてしまうと問題行動はまた起こってしまう可能性が高くなるでしょう。

しっかりと子どもと話し合い、子どもの言い分をよく聞いて原因を慎重にひも解くようにしましょう。この行動は威厳のある親の行動でもあります。

学齢期

学齢期(6歳~15歳)になると成績や作品を見せることで自分の承認欲求を満たそうとする行動をとることがあります。意図はそのまま自分の達成を認めてもらいたい、賞賛を受けたいというものです。

基本的にはこのような行動には取り合うべきですが、こうした行動が行き過ぎると承認欲求を満たしたときの快感に依存してしまうようになります。

ここであまりにもしつこい自己アピールについつい叱ってしまいがちですが、行動そのものとその動機が悪いわけではありません。ただ何事も行き過ぎてしまうもよくはないということです。

このような場合、子どもの課題点に目を向けさせることや、次の目標に向けて気持ちを切り替えることを促すなどして一つのことに固執しないように導くのが大切です。

また親を試すようにあえて挑発的な行動をとるということもあります。

このような行動に出る時、子どもは他の方法で注意を引けない、あるいは認めてもらえないということが根っこにあったりします。

往々にして悪いことは良いことよりも時間と手間をかけずにできてしまうことが多いので、子どもは物事がうまくいかないと悪い方法を用いて親の注意を引こうとしてしまいがちです。

これに対する対処は状況によって様々ですが、基本的には何かを破壊することや人に危害を加える恐れのあることなどは即座に叱る必要があります。

他愛のないことも多いかもしれませんが、そのようなものでも完全に無視してしまうのは子どもの都のコミュニケーションを放棄することになるので避けるべきでしょう。

とはいえ、真面目に取り合いすぎるのもよくないので、適度に受け流すような余裕を持ちましょう。ここはメリハリが大切な所です。

また言うまでもないことですが、小さいころから子どもに向き合い、あえて親や他人の注意を引いて自分の存在を認めてもらわなくてもよいような自尊心を育てることが非常に大切です。

青少年期

青少年期(13歳頃~22歳)にはあからさまに反抗的な言動がみられることがあります。この時期には子どもは自立を求め、親の反応をテストすることが多いです。挑発的な行動とは違い、明確に反抗の意思を示す言動が特徴です。

また情報を隠す/共有するという行動をとるような時には親に対する信頼度が見え隠れします。このような時には親の特定の反応を求めている場合もあります。

青少年期の行動にはいずれも明確な意図が絡んでいることがほとんどですので、軽々しくスルーするわけにはいきませんが、あえて親に介入されない自己解決を望むような場合もあるので非常に難しいです。

普段からコミュニケーションをとっていないと、子どもの心を読み取ることは困難を極めるでしょう。

言うまでもなく、叱るという上から目線の行動は逆効果で、対等な目線で問題を共有し話し合いことが大切になります。

子どもの意図と心の理論

心の理論(Theory of Mind)という観点から考えると、子どもは親が自分にどのような反応を示すのかを予測し、それに応じて行動します。幼少期には単純なニーズの充足が主ですが、成長するにつれて複雑な社会的ニーズ(承認、自立、愛情など)が絡むようになります。

親が理解すべきは、子どもが注意を引こうとする行動にはほとんどの場合、何らかの意図やニーズがあるという点です。そのような中で生じた問題行動に対しては、単純に叱ることがいかに危険であるのか、これまでの指摘からお判りいただけるかと思います。

子どもの意図やニーズを正確に把握し、適切に応えることで、親として子どもの心理的・感情的な健康をサポートすることが可能になるのです。

最後に

ここまで親の視点から正しい叱り方についてみてきました。しかし、叱ることは時として非常にエネルギーを要する大変なことです。 

例えば、コンパッション・ファティーグ(Compassion Fatigue)という言葉があります。これは叱る側が、繰り返し負の感情やストレスを経験することで心理的な疲労を感じる現象のことをいいます。

教育者や親が問題行動の多い子どもを度々叱ると、その負荷が積み重なっていき、精神的・肉体的な疲労感を感じるようになります。

叱る側が子どもに対してケアをすることは言うまでもなく重要ですが、叱るが自己ケアを行い、ストレスや疲労の蓄積を防ぐことも同等に重要です。

また、叱るという行動をしたとき、人は自分の行動を正当化するために、自己評価を高めようとする傾向がある。

このような時には偏った見方で自分の行動を正当化する材料を探すというような行動をとりがちになります。行き過ぎた叱り方をしても「これは我が子のため」と言い聞かせてそれを正当化エスカレートしていくということはよくあることなので、子どもを叱った後、その行為が適切だったのかどうかに自問自答することはもちろん、誰かに相談をすることなどが大切になります。

家庭においては、両親がお互いの行動を良い意味で抑制できるような関係作りが日ごろからできていないとこれは難しくなります。

このような観点からみると、子どもを叱るということは単に叱り方などの行動的側面だけでなく、叱る側の自己管理も非常に重要であることが分かります。

親は子どもにとって安全・安心基地であると良いと言われています。親自身が自分を叱りと見つめ、子どもにとってどんな存在になれているのかを確認することが大切です。

叱るという行動は非常に繊細です。いつも怒鳴ってばかりいる人、叱り方にお決まりのスタイルがある人は一度自らの叱り方を見直してみてはいかがでしょうか。自分たちが知らなかった子どもの新たな一面と出会う良いきっかけになるかもしれません。

この記事を書いたのは

現役家庭教師ライター K.M

家庭教師ファーストの登録家庭教師。教員免許所持。塾講師・家庭教師歴10年以上。学習上のつまずきを環境面から考えて指導します。

著作・制作

家庭教師ファースト/株式会社エムズグラント

『質の高いサービスを、良心的な価格で』をモットーに、全国で20年以上家庭教師を紹介しています。実際に担当する教師による体験指導受付中。教育に関する相談もお気軽に。

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