家庭教師ファースト教育コラム子育てのヒント
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家庭教師ファースト教育コラム子育てのヒント
子どもを持つ親や保護者にとって自分たちの教育方針が果たして子どもにとって正しいものであるのか、非常に気がかりであることと思います。「ひょっとして自分たちは子どもを甘やかしすぎているんじゃないか…」、このような思いを抱くことも少なからずあるものです。今回は子どもに対する「甘やかし」を定義し、子どもの成長につながる「甘やかし方」について考えていきましょう。
なお、お勉強のことでお困りの際はぜひ私たち家庭教師にもご相談ください!

甘やかし、過保護、過干渉という用語は、育児や教育の文脈でよく使われるものでありますが、実はそれらの違いは多くの場合ぼんやりとしか理解されていません。
「甘やかし」を考えるにあたって、甘やかしそのものの定義をはじめそれらの違いを理解することは、効果的な子育ての方針を立てる上で非常に重要になっていきます。ですから、以下にそれぞれの概念について、その特性と違いを明確に説明します。
説明されてみると「あぁ」と納得するとは思いますが、説明されなくても明確に違いを説明できるほど理解を深めたい重要な事柄であるという認識を持っていただきたいと思います。
甘やかすという言葉の定義をみてみると、「甘えるようにさせる、 特に、子供をかわいがるあまりにきびしくしつけない、相手が勝手気ままな行動をするのを許す」となっています。
もう少し堅い言葉を使うのであれば、甘やかしとは「子どもの欲求や要望に対して過度に譲歩し、制限や規則を設けずに満たしてしまう行為」といえます。
平たく言えば、甘やかしは物質的・感情的な要求に対して過剰に応じてしまうことを指しますが、その特徴として挙げられるのは、規則や制限が少ないということです。
また、子どもの要求に対して、欲求が生じてからそれが解消されるまでの葛藤や格闘のプロセスをすっ飛ばして即座に応じるということも特徴として挙げられます。
さらに、物質的、感情的な満足を重視し、そのほかの満足を無視してしまいがちであるということも特徴的でしょう。
これらの特徴とその影響は後述するとして、甘やかしは親子関係においては非常にありふれた行動であると言えます。
また、過保護や過干渉とは違い甘やかしは子ども自身の意志や要求に応じる形で行われることが多いです。
過保護は、子どもに対する危険や困難から守ろうとするあまり、必要以上に介入してしまう行為です。こちらは主に親の不安や心配によって引き起こされます。
過保護の特徴は、子どもに自主性を持たせないという点です。子どもの意向を無視して外界との接触を制限するなどして、結果として子どもが成長するために得るべき様々な経験を制限することになってしまいます。
甘やかしとの大きな違いは、甘やかしが子どもの要求に応じるのに対し、過保護は親自身の不安や心配によって行われる点です。
過干渉は、子どものプライベートや自主性に対して、親が過度に介入することを指します。この行為は、親が子どもの成功や失敗に、子どものではなく自分自身の価値を見出す場合などに見られます。
過保護と非常に間違えやすいですが特徴としては、親が子どもの選択を代行する、子どもの自主性やプライバシーを尊重しないなど、親自身の期待や願望に基づく行動が挙げられます。
要は、過保護は子どもを守る意図で行われるのに対し、過干渉は親自身の目的や期待に基づいて行われるということです。
これも子どもの自主性を無視するという点では過保護と共通していますが、過干渉には不安や心配からの保護よりも、子どもに対する操作的な行動がしばしばみられます。
また、過保護も過干渉も、まったく保護や干渉がいけないということではなく、行き過ぎたそれがいけないということを忘れてはいけません。どの程度で行き過ぎたことになるのかは、目的や状況によって変わりはしますが、結果として悪影響を及ぼせばいかなる保護も干渉も過保護、過干渉となると考えておいた方が良いでしょう。
甘やかし、過保護、過干渉は一見似ているように思えますが、その背後にある動機やその行動が及ぼす影響には明確な違いがあります。
甘やかしは子どもの要求に応じ、過保護は親の不安に応じ、過干渉は親の期待や願望に応じて行われると言えます。これらの違いを理解することが、甘やかしについて知るのに重要です。

さて、ここから本題に踏み込んでいきます。
甘やかすという概念は、様々な文化、価値観、教育手法において多様な解釈がされています。甘やかすことは良くないという価値観がある一方で、甘やかすことが必要であるとする価値観もあります。ですから、この話をする上では甘やかすことについてはっきり定義して進めることにします。
ここで言う「甘やかす」とは、子どもの要求や欲求に対して過度に譲歩し、それによって子どもが自己中心的な行動や考え方をする可能性を高める育児のスタイルや行動のことを指します。
一方で、子どもの要求に対してそれを受け入れたり、適度に譲歩したりすることをここでは「受容する」と表現することにします。
あくまでわかりやすさのために言葉を使い分けることが目的です。こうした線引きがなければ、このような話は非常に分かりづらくなってしまいます。
また、甘やかしは、資源が豊富な家庭でよく見られる場合もあり、また逆に、資源に制限があるが、その少ないリソースでも子どもに多くを与えようとする家庭でも見られます。
つまり、よく想像しがちな良いとこのおぼっちゃんがなんでもかんでも与えられて育つというようなことだけでなく、もっと広く一般的に行われている行為として理解することができます。
さらに、心理学的には、「甘やかす」という行動は、一般的に「過保護」または「過干渉」と関連付けられることが多いです。この話では先述の通り、過保護は子どもが自分自身の問題解決能力を発展させる機会を奪うもの、過干渉は子どもの自主性を阻害する可能性があるものとします。要するに「過」という部分の意味を行き過ぎたものであり、それゆえに良い部分があったとしても悪い部分が勝っている状態と解釈することにします。
また、甘やかしにも様々な類のものがあることも理解しておきたいところです。甘やかしは行動によって以下のようなものがあるとも考えられます
物質的甘やかしとは、子どもが欲しいと言うものを、その価値や必要性を問わずに、またはあまり深く考えずに与えてしまうという行動です。
例えば、高価なおもちゃ、ブランドの服、新しいゲームなどを、子どもが要求するたびに購入するケースがこれに該当します。
この形式の甘やかしは、子どもが物質的な満足に依存する傾向を強める可能性があります。また、物の価値や努力に対する報酬の感覚が鈍る可能性があります。
受験に成功したり、定期テストでよい点を取ったりしただけでゲーム機やパソコンを買い与え、結果として子どもがそれ以降の努力を怠るようになったというケースもあります。これに関してはデータとして示すのは難しいですが、子どもが報酬目当てで努力をしたとするならば、それ以降はどのような報酬があれば子どもが同様に努力するのか、考えつく方が難しそうです。
心理学者のエドワード・デシなどで有名なモチベーション理論の研究によれば、物質的な報酬が多いと、内発的な動機付けが減少する可能性が指摘されています。
つまり、報酬が動機になると、そこに目が向いてしまって本来自分が持っている動機に目が向かなくなります。
大人でもお金に目がくらんで本当にやりたいことを忘れ、やりたくもないことをやっているということもありますから、考えてみれば内発的な動機付けは非常に繊細で維持することが難しいことが分かります。
また、物質的甘やかしによって、子どもは短期的な満足感を得ますが、その満足感は一時的なものである場合が多いです。
感情的甘やかしは、文字通り子どもが抱く感情に対しての甘やかしです。
子どもが感情を発露するとき、ある程度その感情に寄り添うことは大切です。ある程度の需要は大切であり、必要なことです。しかしこれが行き過ぎたり、やり方を間違えたりすると甘やかしになります。
感情的な甘やかしが起こると、子どもの気分や要求に対して過度に配慮し、その結果として子どもが他人に対する配慮を学ばなくなる行動です。
例えば、子どもが怒ったときや落ち込んだときに、すぐにその感情を慰めようとする行動がこれに該当します。子どもは一人の人間として自立していくために自分の感情に向き合う時間が必要です。それなのにすぐに慰めようとしてしまえば、そのような機会を失わせることになります。
子どもの感情が乱れた時には親がそばにいること自体はとても大事なことですが、それと子どもが自身の感情に向き合う時間を与えることは切り離して考えなければなりません。
もし、自身の感情と向き合うことができなければ、結果として子どもは自分の感情をコントロールする方法を学ぶことが十分にできなくなってしまいます。また、自分が自分の感情に向き合う機会がなければ他人のそれに向き合うことはなおのことできません。したがって、その子どもは他人に対する感情的な配慮が欠如する可能性が高まります。これらはいずれも共感の能力です。
子どもにとって自分自身の感情を理解し適切に対処したり、他者の感情を読み取り状況に適した行動を取ったりするための共感の能力は子どもが発達するうえで欠かせないことです。だからこそ、その獲得に影響を与え得る感情的な甘やかしは気を付けなければならないのです。
ちなみに、心理学者のアイゼンバーグらの研究によれば、共感が乏しい子どもは、人間関係のトラブルなどの社会的な問題や、うつ病や不安などの心理的な問題を抱えるリスクが高いとされています。
規範とはルールのことです。規範的な甘やかしとは、子どもの行動に対する制限やルールを設けない、または緩すぎる育児スタイルと言えます。
例えば、就寝時間や食事、学校の宿題に対するルールがない状況がこれに該当します。
放任主義などと混同されやすいですが、放任主義は子どもに自由に選択をさせ、親はあまり干渉をしないという立場であるので主眼がそもそも違います。
規範的な甘やかしをしてしまうと、子どもは自分を律することができなくなります。他の人の都合にばかり配慮することが良いわけではありませんが、ある程度他者に合わせて動くことは社会生活を送る中では欠かせないこととなります。
規範がなかったり緩すぎたりすれば、子どもは社会生活で必要なルールを理解する機会を失い、他人との協調性や責任感が育まれにくくなる可能性があります。
ダイアナ・バウムリンドによる育児スタイルの研究などでは、規範が緩すぎる育児は子どもの社会的な適応能力に悪影響を及ぼす可能性が示されています。
注意したいのは、あくまで甘やかしによって必要なルールを逸脱してしまうことであって、なんでもかんでもルールを守れと言っているのではないということです。ルールに過剰に固執すれば、それはそれで本質を見失うことにもなりかねません。さじ加減が難しいですね。
教育における甘やかしとは、子ども自身に学業に対する責任を持たせず、親や教育者がその責任を全て負担する行動です。例えば、宿題やテストの準備を親が代わりに行ってしまうケースがこれに該当します。
これもわかりやすい甘やかし方ですが、教育は子どもの発達に欠かせないものですので、その一部を肩代わりしてしまうということは子どもにとっての成長の機会を奪うということと同じです。ということは、子どもが達成したり成功したりする機会を奪うということになるので、子どもの自己効力感が低くなり、自分で問題を解決する力が育まれにくくなる可能性があります。
こうして自分で問題が解決できなくなってしまうと、人間は他者に対して依存的になってしまいます。善人ばかりの世の中であればよいのですが、当然そうではないので、他人に付け入られ搾取されるようになってしまう恐れもあります。
ちなみに自己効力感の高い子どもが学業成績も良いということはこれまでの研究で明らかにされています。逆に自己効力感が低いと、自分ができることしかやらなくなったり、自分よりも弱い人間に牙を向けるようになったりすることが考えられます。
子どもが大変そうな思いをしているように見えるのは親にとっては見ていられないような時もありますが、困難を取り除くのではなく、どうしたら困難をよりよく解決できるのかを示したり、環境を整えたりするなど、直接的な干渉をしない方が良い場合が多いでしょう。
このように、甘やかしの具体的な行動例は多岐に渡りますが、それぞれに独自の問題点と潜在的なリスクが存在します。これらの行動が子どもに与える影響を理解することで、より効果的に子どもと接していくことができるようになっていきます。

先に述べたように、ここでは「甘やかし」をネガティブなものとして扱っていますが、甘やかしについての一般的な認識も、しばしばネガティブな方向に偏りがちです。
前項でも触れましたが、例えば甘やかされた子どもは、自己中心的である、社会的スキルが欠如している、といったようなステレオタイプが存在します。しかし、甘やかしには一定の条件下でポジティブな影響をもたらす側面も存在します。
以下よりみていきましょう。
親から十分な愛情や注目を受けることで、子どもは感情的な安定を得ることがあります。愛されているという確信は、自己肯定感を高めることにつながり、心の健康にも良い影響を及ぼすと考えられます。
親が子どもの要求に対応することで、子どもは親や他者との良好な信頼関係を築く土台を得ることができます。この信頼感は、将来的に他者との健全な関係を形成するための基礎となる場合があります。
親が子どもの意見や要望を尊重することで、子どもは自分自身を表現する力が育まれます。これは、自己確立や他者とのコミュニケーションにおいて有用なスキルとなりえます。
一定程度の甘やかしは、子どもが新しいことに挑戦するモチベーションを高める可能性があります。それは、甘やかし安心感を与えることで失敗に対する恐れを和らげ、自己効力感を高めるためです。
上記のようなポジティブな影響もありますが、当然これが全てのケースで当てはまるわけではありません。甘やかしの程度が過度になると、これらのポジティブな影響が逆効果となります。適度なバランスとタイミングが重要なのですが、そのさじ加減が難しいゆえに甘やかしにはネガティブなイメージが付きまとってしまうのです。

心理学者ジョン・ボウルビーの提唱した安全基地理論(Attachment Theory)によれば、子どもは成長過程で安全な基地を必要とします。この安全基地は、親が提供する愛情やサポートによって形成され、子どもが世界を探索し新しい経験を積むための基盤となります。
親が子どもの欲求や感情に対して適切に応答し、必要なサポートと愛情を提供すること、つまり適度な甘やかしは、子どもが安心して新しいことに挑戦できる環境を作ります。
心理学者のデシとライアンによる自己決定理論(Self-Determination Theory)は、人間の行動が三つの基本的な心理的ニーズ(自律性、能力、関係性)によって動機付けられると述べています。
子どもが何かを成し遂げたいと感じたときに、親がその願望を支持し、必要なリソースを提供することは、子どもの自律性と能力感を高めることに繋がります。
行動心理学では、正の強化(Positive Reinforcement)が行動の維持や変化に重要であるとされています。正の強化とは、望ましい行動を示したときに肯定的な結果が得られるとき、その行動がより多く行われるようになることをいいます。
親は子どもが良い行動をした際に親が肯定的な反応を示すことで、子どもはその行動を繰り返すようになり、良い行動パターンを学びます。
足場かけというと建設現場を思い起こすかもしれませんが、これはスキャフォールディングとも呼ばれ、子どもが自力では達成できないタスクを大人がサポートすることで、子どもの能力を最大限に引き出すことができるという考え方です。
これはロシアの心理学者ヴィゴツキーの発達の最近接領域の理論に基いた考え方で、発達の最近接領域とは、子ども本人の現在のレベルと親や教師オンサポートによって引き出すことができる潜在的なレベルの間のことをいいます。
親が子どもの学習や新しい経験に対して適切なサポートを提供する(適度な甘やかし)ことは、子どもの発達を促進し、新しいスキルの習得を助けてくれます。
このように適度な甘やかしは、子どもの安全感、自己効力感、行動の肯定的強化、および能力開発に役立つ可能性があります。再度言いますが、重要なのは甘やかしが子どもの自立性や自己管理能力を妨げない程度で行われることです。子どもの自立を尊重しつつ、必要なサポートと愛情を提供するバランスが重要になります。

さて、先ほど甘やかしと受容を区別しましたが、受容するということは、多少の子どもの甘えを受け入れるということであり、それは言うなれば「甘えさせる」ということでもあります。
子どもは当然、保護者がいなければ満足には生きてはいけません。保護者が用意した環境の中で時には自分の感情をさらけ出したり、要求をしたりすることはあるでしょう。それらは子どもが発達・成長するために必要なことでもあり、そうしたことは受容されるべきです。
また、子どもは様々なことを学習しながら覚えていきます。しかしながら、学習に困難はつきものです。子どもの今現在の発達段階にあったレベルの困難に立ち向かうために、時には親の手助けは不可欠になります。
したがって、いくら大人にとって大したことないようなことでも、子どもにとってはそうではないと理解したうえで適度に甘やかすということは子どもが目の前の困難に立ち向かうためには必要なのです。
こうしたことから、「甘えさせ」というのはある程度必要であり、それこそが成長につながる甘やかしであると言うことができます。
繰り返しになりますが、「甘やかし」と「甘えさせること」は、よく混同されがちな概念です。ですが、その結果としての子どもの発達と親子関係に与える影響は大きく異なります。
「甘やかし」とは、子どもの要求や欲求に無条件で応じ、自立心を養う機会を奪ってしまう行為を指します。この場合、親は子どもが何を求めてもその都度満たしてしまいます。
例えば、牛乳パックを一人で開けることや着替えを自分で行うなどの子どもが日常生活を送るうえで乗り越えるべき困難に対して、子どもがうまく対処できていないとします。
子どもはうまくいかないことにイライラして、途中で投げ出して親に任せようとします。この時点で子どもには親に対する要求をしていることになりますね。ここが考えどころです。
例えば、牛乳パックであれば、うまくいくように指を添えるまでを一緒にやったり、着替えであれば下着だけをはかせてみたりと、ある程度要求を聞いても子どもが自力で行動する部分を残しておくことができれば、これは適度に甘えさせることができたと言えるでしょう。
しかし、ここで親がすべてをやってしまったら先述の通り子どもは自分で行動を達成することもなく、したがって自立心を養うということもできなくなってしまいます。ここまで来てしまったら甘えです。
決定的な違いは、甘やかしは子どもの要求に対する際限のない応答であるのに対し、甘えさせることは安全と信頼の確立に重点を置かれるというところでしょう。
行動の方向性は確かに似ていますが、受容は、子どもが自分自身の感情やニーズを親に頼る安全な環境を提供することです。子どもは、安心して甘えることで自己認識と他者との良好な関係を築きます。
子どもが成長するための甘やかしと、ダメな甘やかしの違いが分かったら、次は効果的な甘えさせを行うために心がけるポイントを観ていきましょう。
まず、これは多くの人が忘れがちなのですが、親が自分自身の感情を管理できていなくてはなりません。
親も当然人間ですので、イライラするときもあれば落ち込んでいる時もあります。このように感情が安定していないときには、いつもと同じ判断基準で行動したとしても、子どもにとってはいつもと同じように映らないときがあります。
イライラしている時はわかりやすいでしょう。そのような時には子どもは親のイライラ感を何となく察知し、甘えることがしにくくなります。
そのような状況が繰り返されたり、長く続いたりすれば、子どもは自身が困難に直面した時に頼る相手がいなくなってしまいます。頼る相手がいなければ、解決が難しい課題を当然クリアすることができませんし、子ども自身の感情も不安定になりやすく、いつもできるようなこともできなくなってしまいます。
親は自分自身の感情を適切に管理できることで、子どもも親を信頼し、安心して甘えることができます。
理想を言えば、親元はいつも子どもの安心基地・安全基地であることが望ましいです。なぜなら、子どもは自分の安全・安心が確保されて初めて好奇心を示すことができるからです。好奇心は子どもの発達に大きく影響を及ぼします。
想像してみるとよくわかると思います。もし、子どもの親がいつも精神的に不安定であったら…子どもは親がケンカする姿を多く目にするかもしれませんし、両親が自分に関心を示してくれないと感じることもあるでしょう。最悪の場合、DVなどの被害も考えられます。
心理学者のボウルビーやエリクソンらによる愛着形成の理論でも説明されるように、子どもにとって甘える相手というのはとても重要なのです。
親自身の感情の管理ということにも共通する部分がありますが、信頼の確立が甘えさせる上での大前提となります。
子どもが親を信頼していれば、そうではないときと比べて同じように甘やかしたとしても驚くほど違った結果をもたらすのですが、信頼関係とは具体的に何なのかという話になります。
信頼関係とは、お互いを単に信じているということではなく、相手を相手の立場をひっくるめて信頼するということです。親と子どもの関係で言えば、子どもが親の立場、つまり養育者として信頼するということです。
これは簡単なようで実はとても難しいことです。なぜなら、子どもが養育者として親を信頼するということは、親から受ける𠮟責も甘んじて受け入れるということです。ですから、子どもに少しでも不信感を与えてしまえば子どもは反抗的になったり、言うことを聞かなくなったりします。当然の話ですが、なかなかここまで気が回る人はいないかもしれません。
ですから、親として意識したいのは、威厳のある親としての在り方です。威厳はまさに信頼関係の上に存在するものですし、これを失ってしまえば甘やかしは何も良い影響をもたらさないでしょう。
例えば、信頼関係がないのに子どもに物を与えれば、子どもはその行為をありがたがることはなく、むしろ自分に対して親が媚びているように感じてしまいます。物をもらうことに感謝しないどころか、その行為を軽視するようになってしまえば、その先には良い結果は期待できません。
親が一貫性と安定性をもって子どもと接することで、子どもは親に対して信頼感を抱きますし、これがなければ子どもを安心して甘えさせることもできないというわけです。

今回は子どもを成長させる甘やかしということで、様々な切り口で甘えについてみてきましたが、いかがでしたでしょうか。
甘えというのは本当に個人差が大きく、人によって同じ言葉を使っても全く別の印象のものになってしまいます。ですから、今回は言葉の定義を決めるところから議論しました。
ですが、結局重要であるのは親がした行動が子どもに対してどのような影響であるかだと思います。
時として子どもに対する接し方を迷う時があるかもしれませんが、そういう時は今回紹介したような様々な知見を参考にし、自分がやっていることが与え得る影響を客観視することが大切です。
また、仮に全く同じ状況で同じ甘やかしを子どもに対してしたとしても、子どもの受け取り方が違うかもしれないことにも注意しなければなりません。子どもの性格や行動の源泉となる深層心理は様々な経験によって形成されていきます。
世の中はますます便利になっていきますが、人を育てるという営みに関しては便利になることはありません。子どもとずっとかかわりあって、ケアをし続けるという便利や快適の真逆の行いこそが結局は人の成長に最も必要なことなのでしょう。
なお、お勉強のことでお困りの際はぜひ私たち家庭教師にもご相談ください!
現役家庭教師ライター K.M
家庭教師ファーストの登録家庭教師。教員免許所持。塾講師・家庭教師歴10年以上。学習上のつまずきを環境面から考えて指導します。