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家庭教師ファースト教育コラムその他の雑学

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【国語】日本語は消える寸前だった?漢字廃止の危機とその真相を解説

  • その他の雑学
  • 現役明治大生ライターT

私たちは日常的に文字を用いて生活しています。文字を用いることで、距離や時間に関係なく不特定多数の相手に自分の意志を伝えることができます。

日本で用いられている日本語は平仮名や片仮名、そして無数の漢字を中心として構成されています。皆さんも小さいころに、漢字を覚えるのに苦労した経験があるかもしれません。日本人でも漢字を完全に理解している人はほとんどいません。それほどに漢字は数が多く、構造も難解なものがあります。

これまでに一度は「どうして漢字なんて分かりにくいものがあるんだ?」と考えたことはありませんか?覚える時間や労力、覚えた後も忘れることもしばしばある漢字に、嫌気がさしたことはありませんか?実は、現代よりも100年以上前に生きていた人々も、同じように感じていたことなのです。

それでは今回は、今から約100年以上前から始まった漢字を中心とした「日本語を廃止する運動」について解説していこうと思います。

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日本語はいつ誕生したか?

日本語の起源は、過去から現在までその詳細が明らかになっていません。多くの分野が多角的に考察した結果、様々な説が浮上しては沈んでいっているのが現状です。地球上に存在するほとんどの言語は幾つか決まった法則に従って構成されていて、その法則によって~語族といった風に分類することができます。例えば英語は、インド・ヨーロッパ語族に分類されている言語となっています。

しかし、日本語はその分類がはっきりしておらず、現在でも分類不明に位置しています。漢字から派生した仮名文字は大陸からもたらされた言葉ではありますが、日本独自の文法は共通点がある他の言語がほとんどなく、一体どこから発生したのかが分からない不思議な言語なのです。

英語と日本語では主語、目的語、述語の順が全く異なっており、日本語と似た語順を持つ言語はそう多くはありません。このような共通の出自の言語を持たないものを「孤立した言語」と形容されます。私たちが日常的に使用している日本語は、ここまで神秘的で謎に包まれた存在だったのです。

国語・国字問題

皆さんは日本語を使っている際に不便に感じたことはありませんか?例えば、知らない漢字が出てきて全く読むことができなかったり、日本語と英語のニュアンスの差で訳すことができなかったり、他にも挙げたらキリがないかもしれません。

このような母国語として使用している言語を使うときに不都合が生じてしまったり、致命的な齟齬が発生してしまったりする問題を一括りにしたものが国語国字問題です。

この国語国字問題は日本でも何度も過去に何度も取り上げられており、その中で多くの学者が日本語の欠点について考察し、上奏してきました。日本語はこんなにも使いにくいのです、日本語は無意味な言語です、今すぐ廃止にして英語を国語にしましょう。このように主張する学者の方が後を絶ちませんでした。

この記事を読んでいる方の中には、この主張を聞いて賛成する方がいるかもしれません。「もし母国語が英語だったら、こんなに勉強しなくて済んだかもしれないのに」と。しかし、現在でも日本語を使われている状況から、国語国字問題は跳ね除けられたことが分かります。ではどうして棄却されたのでしょうか?これから国語国字問題について、実際に日本で起こった例を参考にしつつ確認していきます。

江戸時代末期の国語・国字問題

今から150年以上前の日本は、江戸時代末期の動乱の時代でした。安定していた江戸時代が国内外の動きによって基盤が揺らぎ、ついには明治に時代が移っていきます。こんな時代だった江戸時代末期に初めて明確な国語国字問題が発生しました。

この国語国字問題について当時の歴史的背景を踏まえつつ、どうして国語国字問題が起こったのか説明していきます。

日本と中国の関係

日本の国語国字問題について説明する前に、日本と中国の関係について確認する必要があります。日本の国語国字問題の盛衰は、言わば中国の盛衰にも深く関わってくるのです。ではそれは一体どういう意味なのでしょうか?

日本語は漢字をベースに仮名文字が形成されてきました。それ以前に日本国内では明確な文字文化は存在せず、中国からもたらされた文字技術によって日本語が誕生していきました。

日本において「漢字」はとても重要な意味を持っていました。今では日本人の識字率はほぼ100%ですが、漢字が広まり始めた際の貴族社会において漢字は一種のステータスでした。漢字を嗜んでいる人は教養があり、優秀な人物として考えられていました。その理由は、日本の勉学は中国からもたらされたものばかりだったからです。

古代中国では学問が盛んに行われていて、それ故に様々な書物が書かれてきました。その書物は当然中国文字で書かれています。中国は漢字を使用していたので、当然そこに書かれているのは漢字、漢文と呼ばれるものです。

その漢文を読むことができれば中国で生まれた最先端の知識を手に入れることができ、その人は頭の良い人物として重用されてきました。つまり知識の独占ができたわけです。日本の貴族たちは力を手に入れるために漢文の勉強に勤しみました。これによって、当時の日本では中国文化と深い関係にあったことが分かると思います。

儒学の栄枯盛衰

中国の学問においてとりわけ有名なものが「儒学」です。孔子が生み出したとされている儒学は、人間の仁徳や家族を重んじる精神を説いた学問であり、多くの国や地域に長い間強い影響を与え続けてきました。

儒教は中国国内でも盛んに研究され、朱子学や陽明学といった派生学問も発生しており、それほど多くの人々に愛されてきた存在か分かります。それは日本においても同じことが言えます。日本でも儒学の伝来はとても重要な意味を持っていました。

日本の儒学は仏教の伝来よりも早い段階で伝わっており、長い間日本国内で研究されてきた分野です。漢文の形で日本に伝来してきた儒学は、漢文への造詣が深い人間しか理解することができませんでした。よって、漢文を理解するために日本では空前絶後の漢字ブームが起こったのです。

当時の学問は男性が独占していました。男性が中国から書物を取り寄せ、それを自らの漢文の知識を総動員して解読、理解してきました。男性貴族は我先にと漢字と漢文を学んでいき、日本中に漢字が浸透していきました。

江戸時代初期には、儒学は官学と呼ばれる最も重要な学問に選ばれており、儒学に精通している人は国お抱えの職に就けるという好待遇だったようです。その後の時代では仏教の隆盛やキリスト教の伝来、西欧の学問に関する書物などが日本に入ってきました。それによって儒学の重要度が次第に減少していき、それと同じく漢文の重要度も減少していきました。

儒学は江戸時代末期には虫の息だったらしく、それに置き換わるようにして西洋医学に代表される蘭学などが珍重されるようになりました。

ここで問題が発生しました。人々はこれから儒学のような中国の学問よりも、西洋の学問の方が重要ではないかと考え始めました。医学や建造技術などの新たな知見が揃っている西洋の学問の方が、魅力的に映ったのです。すると、従来漢文を読むために使われていた「漢字の必要性」に疑問を感じる人々が現れたのです。

日本の西洋化

江戸時代には漢字は、漢文として使われるよりも日常的に使用される一般言語として使われていました。しかし、漢字は難解なものが多く、覚えるのがとても大変です。それ故に漢字はできるだけ使いたくないと考えていた人が居ました。

それとほとんど同時期に、日本に西洋文化が大量に流入していきました。すると、漢字の存在意義に疑問を持った人々が声を上げ始めたのです。「漢字のようなまどろっこしい文字を使っているから、日本は西洋に勝てない」、「西洋の理解を深めるためには、日本語を捨てなくてはならない」などといった文句が出始めました。

今考えてみると、とてつもない暴論で全く説得力がないと考える人もいるかもしれません。しかし、開国や外国文化の急激な流入といった大変革の時代ということを考慮すると、全く分からない考えというわけではないような気がしてきます。動乱の時代の中で、日本が生き抜くためにどうするべきか考えた結果、導き出された答えの一つだったのです。

結局、江戸時代末期の国語国字問題は、江戸時代最後の将軍である徳川慶喜が、前島密の上奏した国語国字問題を却下したことで、漢字が消えることはありませんでした。日本語の漢字の消失の危機はこのようにして発生し、ぎりぎりのところで回避されました。

漢字が排斥された理由

それでは、江戸時代末期に起こった国語国字問題の発生原因についてまとめていきたいと思います。

まず一つ目に、日本の西洋化による英語を推奨する場面が増えたことによる日本語離れです。外国の医術や法律、その他の学問は当然英語で日本国内に入ってきます。医術に関しては一部の医者が英語を学ぶだけで言語問題は解決しそうですが、一方で、法律は一般人が理解し、それを厳守する必要があります。故に、日本国内で英語を理解する必要があると考えられていました。

また、英語と漢字を含む日本語の使用する文字数を比較すると、圧倒的に日本語の方が多い結果になります。当然文字数が多いと識字率の高低に大きな影響を与えます。より簡単で、きちんと表現も出来、新たな知見も増やせる…。英語に変えることはとても切実な問題であったと考えられます。

二つ目に中国の衰退と西洋の隆盛です。日本は長い間知識を中国に依存していました。学問の盛んな中国で生まれた勉学やその書物を読むことで、日本は様々な文化を育んできました。漢字はその象徴のような存在です。漢文を解するために学ぶ漢字は、中国文化に対しての強いコンプレックスになりました。進んだ文化を持つ中国と、それを受け取ることしかできない日本という構図は、人々の中に鮮烈な印象を与えたのです。

先進的な文化の象徴として考えられていた漢字は、少しずつ一般市民にも広く浸透しだして、その意味も同時に広く浸透し始めました。そして、官学として重要な知識の源泉として重宝されるようにもなりました。

しかし、西欧化が起こったことによって、学問を独占する形となっていた中国とそれを代表する漢字に対して大きな反動が押し寄せました。寡占を壊されただけでなく、日本での存在意義も失ってしまった中国学問は過去の存在となってしまいました。恐らくこれらのことから古い時代との決別という意味合いも国語国字問題は多分に含んでいるようです。

以上の二つのことが江戸時代末期に起こった国語国字問題の大きな原因ではないかと考えられています。漢字を廃し、国語を英語に置き換えようという運動は一時的に小康状態になりました。しかし、それはほんの一時的なことで、この後も国語国字問題はくすぶり続けていきます。

明治時代の国語・国字問題

江戸時代の後、日本は開国をしたことによって多くの外国文化が流入してきました。それにより、日本国内で扱われる学問や教育だけでなく、日用品や食文化までも大きな変化を見せました。その全ては外国からもたらされたものであり、多くの人にとっては未知のもののように感じたようです。

人はものを理解するとき、言葉や文字を使います。言葉や文字を用いて用途や意味を知ることで当該物に対しての理解は一層深まっていきます。理解できないものは使うことができませんし、持っていても意味がありません。しかし、この時代のものの多くは外国産であり、説明も外国語で書かれています。

このような経緯で、またしても明治時代に国語国字問題が興り始めました。ものの説明が理解できないのは英語を用いていないからだ、と考えた知識層の人々が、日本語の脆弱性について積極的に議論していったのです。実際に思想家や小説家などの知識階級と呼ばれる人々が、こぞって国語国字問題について問題提起する本を出版しています。

しかし、この明治時代の国語国字問題では、とある奇妙な現象が起こったのです。それは漢字などの日本語を無くそうという運動のはずなのに、一方で漢字の需要が大きく増していったのです。漢字を無くす運動なのだから、漢字を使わなくなるという筋道は理解できます。しかし、どうしてその情勢の中で漢字の需要が増したのでしょうか。

英語と漢字と漢語

先ほども説明したように、日本の漢字は中国の漢字文化からもたらされたものであり、日本の知識の源泉とも呼べる存在でした。漢字が存在したからこそ日本の文化は成熟していった、と言っても過言ではありません。しかし、西洋化が進むにつれて日本国内において漢字の需要は減っていき、英語がその枠に収まっていきました。

しかし、明治時代では消えていくと思われていた漢字が、また脚光を浴び始めたのです。それはどうしてでしょうか。実はその答えは、中国の歴史の貿易の歴史にあったのです。

中国はユーラシア大陸の東に位置していることから、西洋諸国と陸続きになっています。多くの砂漠やとても危険な山道がその間に広がっていますが、古代の人々はそれらの道の中からも比較的安全な場所を確立し、交易をおこなっていきました。それが俗にいう「シルクロード」と呼ばれるものです。それ以外にも、海路での貿易路である「海のシルクロード」と呼ばれるものも存在しています。

つまり、中国は西洋諸国と古くから交流しており、その文化も多様に関わり合ってきました。貿易は物資だけを運搬するわけではありません。人間や知識も運んでいきます。中国は長い時間をかけて発達していった貿易路を用いて、日本よりも早く西洋の知識を手に入れることができたのです。

すると、どのようなことが起こるでしょうか。英語で書かれた書物を漢文に変換する作業が起こります。そして、英語が読めない大多数の中国の人々にも内容が分かるように工夫していきます。つまり、西洋の本が漢文に訳されているだけではなく、注釈まで付けられている状態になるわけです。

ここまでの説明で合点がいった人もいるかもしれません。日本で漢字の需要が増したのは、漢文で書かれた西洋の本を読むためだったのです。当時の人々からすると、英語で書かれた文章はとても読みにくかったはずです。専門的な内容を扱うことも度々あった西洋の本は、英語を熟達している人でも読むのが大変だったようです。

一方で漢文は、日本国内でも以前に盛んに使われていた背景から、多くの人々が読み書きできる状態でした。英語を使わずとも、漢字を使えば西洋の知識が手に入る。これを使わない手はありません。当時の人々は、そのような考えのもとでむしろ漢字を使い始めたのです。

漢字の功罪

西洋化が進む一方で、その知識を理解するべく漢文・漢字の需要が増えていったことを説明しました。しかし忘れてはならないのは、国語国字問題の議論も積極的に行われていたことです。これまでは漢字がもたらした恩恵について説明しましたが、一方で漢字がもたらした悪影響も存在していました。

日本の漢字と中国の漢字は、似ているようで若干異なる部分があります。中国国内のみで使われる漢字があることは有名ですし、日本国内のみで使われている漢字も存在しています。つまり、日本の漢字と中国の漢字は住み分けられていたのです。

しかし、西洋化の影響は市井にまで浸透していました。多くの臣民にとっても、西洋からもたらされたものは重要な存在と認識されていました。そうなると自ずと臣民も漢字を扱う機会が増えていきました。

すると、これまで日本の漢字として扱われてきた文字に加え、中国で扱われてきた文字が流入してきました。新たな漢字の流入は、漢字の母数を大きくすることに繋がります。これまでにも幾度となく漢字の難解さが議論の的になっていたのにも関わらず、より小難しい漢字が増えてしまったのです。

西洋化が進み漢字離れを推奨するはずが、姑息的な漢字の使用によってより日本語の難解さが増してしまったというわけです。そうなると火に油を注ぐように、国語国字問題が苛烈になっていきました。今すぐ英語教育に切り替えよう、このままでは取り返しのつかないことになる、と考えられました。

有名な逸話に、森有礼がアメリカの学者であるホイットニーに当てた手紙があります。森はそこで、「西洋の進んだ技術を知り、日本が西洋諸国に肩を並べるためには、難解な日本語を捨てて英語に変える必要がある」という旨を綴りました。対してホイットニーは、「文字はその人間の人種や文化であり魂なのだから、平気で捨ててはならない」と書いたそうです。

森はその後にも、日本語だけでなく人種さえも捨てて外国人の血を日本に取り組もうとも語っていて、どれほど西洋や英語にあこがれを持っていたのかが分かります。

漢字の需要の増加は日本語を難解にすることを意味し、それ故に国語国字問題がより一層激しくなっていったのです。漢字は一時の便利さを日本にもたらしましたが、それによって日本語をより窮地に立たせてしまったのです。

しかし、結果として日本語の文化的側面から考える重要性はとても大きく、一時の歴史の流れで消してはならないと考えられていきました。そして結果的に、明治時代の国語国字問題は沈静化していきました。

第二次世界大戦後の国語・国字問題

第二次世界大戦が終結した後、敗戦してしまった日本は戦勝国であるアメリカの管理下に置かれました。その際にアメリカは日本の抜本的な改革を始めようと画策しました。有名なものだと帝国制の廃止や教育改革、財閥の解体などが挙げられるでしょう。しかし、その改革の中に漢字の廃止が入っていることを解説していることは少ないかもしれません。

勝てば官軍負ければ賊軍という言葉もあるように、戦勝国であるアメリカの言っていることが正しく、負けた日本はその決定に従うほかはありません。それ故に日本語や漢字の絶滅の危機は、この当時が史上最大であったとされています。それでは、当時一体どのようなことがあったのでしょうか。

GHQからの圧力

日本が敗戦した後、日本は連合国のとある組織によって行政統治されていました。その組織とは、連合国最高司令官総司令部(以下GHQ)と呼ばれる組織でした。GHQは日本のこれまでの構造を組み換え、非軍事化と民主化を掲げていました。次にまた帝国として蘇り、民主国家に対して攻撃を仕掛けてこないように牙を抜いていたのです。

日本は地理的にもソ連や中国に程近い場所にあり、日本を子飼いにできれば有用になるのではないかという目的もありました。その結果、現在の日本が出来上がりました。現在でも、米軍基地などのアメリカ由来の拠点が国内に数多くあり、それにまつわるニュースも取り上げられているのを目にします。

GHQはそんな日本統治の足掛かりであり、要のような存在だったのです。そんなGHQは日本を統治するにあたって、どのような策を打ち出そうか考えました。そして導き出された答えが、言語の制限です。漢字を代表とする日本語を廃し、その枠に英語を据えることで言論統制をしようと考えたのです。

では、その言論統制の裏には一体どのような思惑があったのでしょうか。どうして言葉を変える必要があったのでしょうか。

英語と日本語

皆さんは、英語と日本語には特出した「違い」が存在していることを知っていますか?これは英語と日本語の違いを説明する際に非常に重要であり、最も初めに挙げるべき特徴です。それは「表意文字」と「表音文字」の違いです。

日本語の漢字には、漢字単体で明確な意味を持ちます。例えば、“腕”という文字はその文字単体で意味が明確に伝わります。もちろんこの場合は、動物の前に付いている突起部分の触腕を指します。しかし、英語だと腕をarmと表記します。これはアルファベット三文字を組み合わせて構成されています。aとrとmが全て分離した状態だと、腕の意味を取ることはできません。

このように単体で意味を取れる文字が「表意文字」、そして文字の組み合わせで意味を取る文字が「表音文字」なのです。世界中の文字は、この表意文字と表音文字の二つに分けられると言われています。この違いが、GHQの日本語を廃止する取り組みに深く関係してきます。

戦前から戦後初期にかけて、文字には性質によって優劣が存在していました。その優劣とは表意文字は使いにくく劣った存在であり、表音文字は誰にでも扱いやすく優れた存在である、という考えでした。この考えはアメリカにも深く根付いており、GHQもこの考えに準拠した取り組みをしようと考えていました。

アメリカでも、全ての人間がそのような過激な思想を持っていたわけではありません。以前に紹介した森とホイットニーのやり取りでも述べたように、自国の言語は大切にしなければならないと考える人も多くいました。

しかし、敗戦国である日本に対しては、反抗されない程度に少々手荒な策を打ち出しても良い、と考えられていたようです。

ですが、ここでGHQに誤算が生じました。表意文字は使いにくく、劣った文字だという見解は識字率の低さが根底に存在しています。識字率を上げれば、それだけ言うことを聞く扱いやすい人間が作れると考えたのです。しかし、日本人の敗戦当時の識字率は極めて高く、都市部の人間はおろか、地方の農民でさえも高い識字率を叩きだしました。

これに驚いたGHQは日本語の廃止を見送り、様子を観察するように指示したようです。既に一般にも深く浸透していた読み書きの能力は、英語に置き換えることを無駄だと思わせるほどでした。結果的に日本語と英語が置き換わることはなく、現在も使われ続けています。

文化の消失

昨今様々な場面で「最近の流れに合わない。この文化は消すべきだ」と言われることがあります。しかし、同時に文化を扱う学者の方々は、このように説明するのを耳にします。「一時の情勢で長く続いてきた文化を無くすのは最も重い罪だ」。

文化は、河の流れのように不断なく続いてきたものです。しかし、それを一回でも断ってしまえば文化は戻ることはありません。長く続いてきた文化は、悠久の時の中に置き去りにされてしまいます。このようなことはあってはなりません。

日本語は幾度となく消失の危険に晒されていましたが、幸い何とか存在を保ってきました。しかし、海外では文字の廃止により、完全に焼失した文字や文化が無数に存在しています。後世に脈々と受け継がれてきた文化を途切れさせることは罪である、と言っても過言ではありません。そのことを念頭に置いて、悪しき文化かそうでないかを情勢に流されずに観察する審美眼が必要になってきます。

まとめ

ここまで語ってきたように、日本語や日本語に代表される漢字は、幾度となく消失の危機に晒されてきました。西洋文化の重用や、中国文化の衰退、そのような当時の情勢によって漢字の特徴が悪く見られ、そのまま消えてしまう可能性に晒されてしまったのです。

しかし、運よく日本語は途切れることなく現代まで続いています。これは幸運なことであり、日本人は日本語という文化を途切れさせないように注意を払っていく必要があります。

最後に、ルーマニアの思想家のエミール・シオランの言葉を載せます。この言葉は言語とは何かをとても端的に説明しています。「人は国に住むのではない。国語に住むのだ。国語こそが、私たちの祖国だ」。この言葉は、自分たちが扱っている言葉の範疇しか物事を理解できないという意味です。日本語を扱う人だけが理解できる文化、英語を扱う人しか理解できない文化、そういった多様性は全て言語に集約されているのかもしれません。

私たちは、その素晴らしい文化を守っていかなければならないのかもしれません。

なお、お勉強の事でお困りごとがありましたら、是非私たち家庭教師にもご相談ください!また、家庭教師の仲間も募集中です。ご興味のある方は下記リンクより是非ご検討ください。

この記事を書いたのは

現役明治大生ライターT

家庭教師ファーストの登録家庭教師。明治大学 国際日本学部在学。英検準1級合格しています。

著作・制作

家庭教師ファースト/株式会社エムズグラント

『質の高いサービスを、良心的な価格で』をモットーに、全国で20年以上家庭教師を紹介しています。実際に担当する教師による体験指導受付中。教育に関する相談もお気軽に。

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